そんな私の言葉たち

その名の通り、現実を受け入れられない腐女子の大学生が、日々思ったことを書いていくだけの日記です。萌え語りはしません。主に書く内容は、悩み、人間関係、思想、本の感想など、全体的に暗くなる予定です(笑)

テストやばーい

 

テストまであと5日!!

う、うぇーい…

 

どうしよう、全ッ然勉強してないよ〜!単位やばいよー 泣

てかテスト前の現実逃避で初めて同人誌買っちゃったよー

めっちゃ面白かったよー

3冊中2冊がカラおそほもだよー

幸せだったよー

 

でもマジで、同人にはまると廃人になっていく・・・

貴重な休日を勉強ではなく、ピクシブ巡りに費やしてしまった・・・

幸せだったが、すごい賢者タイムが来た、うん

 

やるべきことをやってから、好きなことをするっていう優先順位をちゃんとつけないといけないよね。

 

あと〇〇分だけ!!これを見終わってから!!

 

これが失敗する原因になる。

だから、私は電車の中でもカラおそ小説を読むんだ!しかもr18…

すみません…

 

何を言いたいかというと、人間の最低ライン(これはしちゃダメ)っていうラインを高めないとダメだよねって話。

自制すること、きちんと自分でブレーキを踏めるかが、人間力の根底にあると思う。

 

だから、せめてテスト期間中だけはピクシブや松関係は自粛しようと思う。

 

ピクシブツイッター、ニコ動はパソコンしか見ないこと。

・寝る前に携帯を触らない。

・なるべく外出時間を長くし、パソコンは持っていかない。

 

この規制を自らに課そうではないか!

特に2番目は、きびいだろうけど、できれば一生の規制にしたいな・・・

 

んーー!!頑張ろう!!

 

 

 

色々あった2週間だったと思いました。

 本当に色々あった。いい事も、悪い事も。

 うーん、具体的に4つくらいの出来事があって、それを書こうとすると絶対に途中で潰れちゃうから、4つの出来事を詳しく書くことはやめといたんがいいよねー。現に、続くと言って続いてない記事あるww

 だから、ちょいと概要を箇条書きにしマッスル。

 

 1. ビジネスプランを深堀する→結局一からやり直しに

 2. ベンチャー企業主催のマーケットのイベントに参加→自分氏役立たず、号泣

 3. ゼミの先生がガチギレ→え?プロジェクトどうする?

 4. スタートアップのイベントに参加する→わーい!友達増えたー!

 

 こんな感じですね。はい、何が何だかわかりませんねw読み返すように記録を残しておきましょう。

 

 それで、こんな諸々があって、私は自分が何も知らないことを身をもって感じさせられ、結果的に学びにつながったなと思った。学びという言葉は抽象的すぎて嫌いだがw

 

 やっぱり全ての始まりは「知る」ことだと思った。私は何も知らないし、できない。ネットツールを知らない。検索方法も知らない。数字から仮説を立てられない。初対面の人とうまくコミュニケーションもとれない。先生の思いも知らない。ゼミ生のことも知らない。アプリもデザインできない。プレゼン資料も作れないetc・・・

 そんな「できない、知らない」私を知れたことは、何よりの学びである。

 

 でも、この学びは初期の初期。もっともっと学び取りたい気持ちがあるから、もっと行動して、本を読んで、知っていきたい。

 

 昨日よりももっといい私になりたいな!!

 

 

人生とは選択肢の連続で、今の私がいるのは私が選択したからだ。


 自分めっちゃ口だけで何もしてこなかったなぁ


 そんな話。



 やっぱ現実上手くいかないですね。

 みんなが当たり前のように言っている言葉が身にしみる。


  それは、私がやるべきことをやらなかったからだ。

 だから、もうやるしかない。

 漠然とした不安があるのは、やらないからだ。

 いや、やってこなかったからだ。

 だから、やるしかない。

やって漠然とした不安を消してから、カラおそに浸ろ。

今書かなきゃ。そんな衝動。

 

 

      なんか変われそうな気がする。そんな衝動。そんな期待。

 

 

 今日、バイトで怒られた。内容は、書類をちゃんと書けてないこと、そもそもの自分のミスだ。ミスすることは誰にだってある。でもそれは一回二回の話だ。私の場合、何回、何十回も同じミスを繰り返している。そこが問題なのだ。

 

 普通の人がミスをし、怒られた場合どう思うのだろうか。申し訳ない、不甲斐ない、次からは気をつけなければ。そんな感情を持つのだろうか。しかし、私はそれらの感情が薄れている。初めてのバイトこそはミスした時そんな気持ちでいっぱいだった。だが、それもとうに薄れていった。正当な理由で怒られているのに心の中で逆ギレしそうになったことは何回でもある。最悪だ。

 

 私は最悪なのだ。しかし、そのことを分かってはいたが向き合ってはいなかった。だが、今は向き合ってみよう!!そんな気持ちがある。なんでだろう。でも確かにある。

 

 最近の私は多く悩んでいた。周りの子達や環境が変わっていく。このままでいいのだろうか。こんなつまらないし、何もできない、何もない自分でいいのだろうか。自分に自信が持てない。いや持てるようにしてないからだ。自信が持てるような行動をしていないからだ。自分で持たない選択をしているんだ。

 

 そう思って考えるだけで行動してない自分。都合良く、中途半端に逃げている自分に自己嫌悪して、結局行動しない自分がいた。グルグル、グルグル、悪循環。

 

 でもなんでだろう。今はこんな自分から変われそうな気がする。いや変われると自分に期待している自分がいる。

 

 昔の自分がすごく嫌いだった。今も少し嫌い。だから過去の自分を抹殺している自分がいた。消そうとしたけど、消えないんだ。自分は自分だから。過去の自分が今の自分を作っているから。

 

 でも今はそんなのどうでもいい。嫌いとか好きとかじゃなくて、「確かに存在する」自分を受け入れている気がする。確かにいた私を認めている自分がいる。

 

 なんかそうするとすこぶる楽になる感覚がある。

 

 そして今自分に期待してるんだ。変われる気がするって。理屈じゃないんだ。

 

 今、変わるために何をしようか。自分と向き合った。

  

 多分、自分はボーとしているだけなんだ。物事に対して、自分にあたえられたタスクに真剣に向き合って、やり通す。それだけをやろう。

 

 私がやるべきことは「しっかりと丁寧に最後までやり抜く」

 

 それだけでいいんだ。あとは特に考えなくていいんだ。

 

 多分それができたら変われる。

 

 いや、絶対に変わる。

 

 なりたい私になるんだ。

 

 

なんとも言えない不安感が襲ってくる話 その1

  

 これから、日本はどうなるんだろうか

 

 そんな漠然としたことを考え、一人勝手に不安になる。これからの日本はどうなるのだろうか、私は幸せに生きていけるのだろうか。安心して働けるのだろうか。

 なぜ最近こんなことを考えているのかというと、やはりユニプロの影響だ。それと、商学部の授業で受けている最新のテクノロジーやITシステムについて知ったからだろう。不安になる。日本がこのままでいいのだろうか。この街がこのままでいいのだろうか。そして、私がこのままでいいのだろうか。そう思って怖くなって、「変わらない」という選択肢を選んでしまう自分がとても腹立たしい。私が何もできない、いや、しない理由は、怖いんだ。頑張ったのにそれ相応の対価が得られなかったら、行動することによってより悪い結果になってしまったら…

 それならやらない方がいい。

 その選択肢を一生懸命選んでしまうんだ。だから変われないし、自分が変われないことを妬んで他人ばかり気にし、他人のせいにするんだ。そんな自分が嫌だ。変わりたい。幸せになりたい。

 

 …なんか、暗くなってしまった。本当はこんな哲学めいたことを書くつもりじゃなかったのにw

 何も考えずに書くとこうなるねw

 

 話を戻そう。何故私が将来に対して不安を感じているのかについて。

 まず、これから迎える少子高齢化により人口が減り、50年後には日本の人口が約9000万人になるそうだ。1億人以下になる。つまり、確実に未来は日本の市場規模が小さくなるのだ。

 もし、今のような収益を確保しようとするならば、ざっくりと2つの方法がある。それは「客単価をあげる」と「外からの収益を上げる」ということだ。

 だが、実質今の外需は少ない。というか、九州の外需の割合なのだが九州全体の経済の1割程度でしかないのだ。ほとんどが内需で経済が回っている。

 日本に住んでいる外国人の割合もそうだ。日本人の割合に対し約2%。正直この数値だけを見て少ない、多いを判断するのは感覚的すぎて危険なのだが、同じ少子高齢化を抱えているドイツの移民の割合は19%だ。約10倍近くの差が出ている。もちろん、全体の人口数が違うため、比較としてドイツを挙げるのは安直かもしれないが、それでも10分の1である。少ない。どれだけ日本が閉鎖的なのかがわかる。

 ちょっと主旨がずれてしまったが、つまりこれからの将来もこのまま閉鎖的に外国人の受け入れ状態が悪いままだと、同じ収益にするために客単価を上げる。つまり物価が上がる。今の収益構造を客単価が50、回転率が100と仮定すると、50年後は、約25%減るのだから、回転率が75となる。その条件で同じ収益を出そうとすると客単価が約65にしなければいけないのだ。つまり3割近く物価が上がるのだ。100円で買えたものが130円で買わなくてはいけなくなるのだ。

 

 

 長くなってしまった。

 もっと書きたいが、この後予定があるため、ここで区切って明日までにその2をアップしようと思う。

 この日記を書きながら学んだこと。「感覚だけで事実を見てはいけない」

 この日記を見ている方がもしもいるならば、是非「疑ってみて」ほしい。根拠のない数字をもとに論じているのでw

 もっと勉強しないとなぁ。

おひさ!!

 あ、全然書いてなかった。そう思ったので書こうと思う。

 最近、思うことがありすぎて何を書いていいかわからない。だから今日やったことを書こう。

 今日はゼミのプロジェクトの活動をした。

 ゼミのプロジェクトというのは、「社会問題を解決するためにビジネスプランを考え、実行する」という課題の下、チームを作り仮説や検証を繰り返しながら、プランを練りあげ最終目標としてそのプランを実現させるのだ。

 私は現在2つのチームに所属しており、こ食問題をテーマとした通称こ食pと、外国人をテーマとした通称UNIVERSAL PROJECTだ。今回活動を行ったのは後者であるUNIVERSAL PROJECTだ。(打つのめんどくさいので以下ユニプロと略す)

 このプロジェクトは少し他のプロジェクトとは違ったアプローチで活動している。他のプロジェクトは発案者がビジネスプランのアイディアを考えて、それを実行できるように調べていくのだが、ユニプロは具体的なアイディアがない。なぜなら、アイディアを実行することよりも、問題が本当にあるのかを仮説を立て検証する過程が重要だと発案者である私の友人は考えており、もし具体的なアイデアを立ててしまうと、手段に捉われ、本当にそこに問題(ニーズ)があるのか、あるとしたらその問題の因果関係は何かを議論できなくなるのではないかと懸念したためである。

 少し抽象的で長くなってしまったが、つまり現段階では具体的な案や仮説を考えておらず、外国人が日本で生活する中で何を問題だと思っているのか(困っていることや、不満があること)をヒアリングして仮説を立てていこうという段階である。

 そこで私たちは、地元の日本語学校に協力してもらい、外国人にヒアリングして問題点を探そうという方向性を現段階で打ち出している。

 で、今日はその日本語学校の人と打ち合わせをしているのである。

 長い前置きで申し訳ない。正直前置きを書いて満足している自分がいる。力つきそうだよ…パトラッシュ……

 でだ、で、私が学んだことは、事前の準備の大切さだ。正直その日本語学校の特徴やクラス編成を調べてなかった。そもそも場所がよくわからなくて道に迷ってしまい、30分くらい遅刻してしまった。だから、しっかりと下準備をしてから物事に望むことが大切だとマジで思った。

 以上だぜ。正直もっと考えたことや面白い話を聞けたが、前置きが長すぎて疲れたので終わる。おやすみ。良い夢みろよ!!!

 

全然ルールに従ってねぇじゃねぇーか!!

 タイトルが私と読者様の言いたいことだと思う。

 今日の出来事
「14単位落とした」
 はい。馬鹿だなぁ。でもなんかこれから頑張れば卒業は出来るっぽいからそんなに落ち込んでない。むしろ浮かれている。これは大変ヤバイ状況だなっておもう。経験的に。だって、人が行動するきっかけとなるほとんどの感情が、「危機感」らしいのだ。(ソース曖昧)
 確かに、危機感がない時ほど何もやってない気がする。夏休みの宿題とかもそうだよなぁ。8/1に終わらせる!!って意気込んだわいいけど、結局8/31に終わらせるし。私の場合、9/1にも終わらせられんかったが。
 だから今こそ、何故こんなに単位を落としたのか、冷静に分析する必要があると思った。そしてその分析を基に今後の生活を改善する行動を行う必要があるなって思う。
 …で、なんで14単位落としたか。それは、「ルールに従ってなくね??つか、有言実行してねえからじゃん!!」だろ。
 うん。これだろ。原因これだろ。口だけになってんじゃん。
ツイッターでも「カラおそ漫画描きま〜〜すぅ」とか言って今日で10日。10日って!!!
 でも、これが結構根深い原因の一つだと思う。

「やり切らない」「最後までやらない」

  なんか、主張がずれちゃったね。メンゴ。つまり、有言実行をしてないんだけど、でもやろうとはしてるんだよね。でも、途中でやめてしまう。中途半端に終わってしまうんだよね。原因ってそこじゃないかなと思う。
 やりきろうとしてないからじゃないかなと。
 じゃあなんでやり切らないんだろう。それは2つの切り口から説明できるんじゃないかなって思う。

「終わりの具体的な設定」
「やり切ろうとする意志」

 まず、「終わりの具体的な設定」について。
 例えば、こんな経験はないだろうか??

「よし!!この本を読むぞ!!」

〜10日後〜

「よし!この本を読むぞ!!」

 ここで何がダメなのか分かるよね。そう、何ページの本を何日までに終わらせるか決めていないのだ。つまり、具体的な目標の設定が出来ていないのだ。
 例えば、200ページの本ならば、1日「20ページ」と決めておいて10日で読み終えるなど、具体的で明確(かつ現実的)な目標設定をすることが大切なのである。
 さらに今の私に言い換えるなら、まず、今の状況をちゃんと理解しなければいけない。卒業することは可能か、もし可能ならば何単位を4年次に取る必要があるか、再履修はどうするか、就活の時にどう影響するか、何日までに履修しなければいけないか、単位が取れそうな科目か…などなど。これでも抽象的すぎるかもしれない。だが、抽象的にしか言えないということは、そもそも知識が少なく、理解していないということだ。よってまずは具体的に把握することが最優先事項にしようと思う。
 それから、今後の計画と親に報告をしようとおもう。おっと、これを何日以内にやるかは決めた方がいいな。18日には報告しよう!
 

そして
「やり切ろうとする意志」だ。
もしかしたら、「具体的な終わりの設定」があるから、やり切ろうとする意志が発生するかもしれないが、結局どれだけ意志強いかだと思う。そして、これが出来る人はやり切るまでの集中力がヤバイとおもう。
 私は集中力が無くて、本を読んでいる時も、ふと空想したり、明日の予定とかを考えてしまい、文字が記号になってしまう時が多々ある。だから、やると決めたら、すぐ行動し、やりきることぞ!!と強く決めてやり切るという事を続けないといけないと思う。


 なんか、論点がブレッブレな気がするが、つまり

「具体的な目標設定」
「集中力を付ける」

事をしなきゃだめだなって事を言いたかったんだ!!